境界性パーソナリティ障害(きょうかいせいパーソナリティしょうがい、英: Borderline personality disorder ; BPD)は、境界型パーソナリティ障害、情緒不安定パーソナリティ障害(じょうちょうふあんてい-、Emotionally unstable personality disorder)とも呼ばれ
不安定な自己 - 他者のイメージ、感情・思考の制御不全、衝動的な自己破壊行為などを特徴とする障害である
一般では英名からボーダーラインと呼称されることもある。旧来の疾患概念である境界例と混同されやすい。
症状は青年期または成人初期から多く生じ、30代頃には軽減してくる傾向がある。自傷行動、自殺、薬物乱用リスクの高いグループである。治療は精神療法(心理療法)を主とし、薬物療法は補助的に位置づけられ副作用と薬物乱用に注意し慎重に用いられる必要がある
症状
症状の機軸となるものは、不安定な思考や感情、行動およびそれに伴うコミュニケーションの障害である。
具体的には、衝動的行動、二極思考、対人関係の障害、慢性的な空虚感、自己同一性障害、薬物やアルコール依存、自傷行為や自殺企図などの自己破壊行動が挙げられる。また激しい怒り、空しさや寂しさ、見捨てられ感や自己否定感など、感情がめまぐるしく変化し、なおかつ混在する感情の調節が困難であり、不安や葛藤を自身の内で処理することを苦手とする。
衝動的行為としては、性的放縦、ギャンブルや買い物での多額の浪費、より顕著な行為としてはアルコールや薬物の乱用がある。さらに自己破壊的な性質を帯びたものとして、過食嘔吐や不食などの摂食障害がある。自己破壊的行為で最も重いものは自殺であるが、そのほかにもリストカットなどの自傷行為、自殺企図(薬物の過量服薬等)により実際に死に至ることもある。
同一性に混乱のあるBPD患者は、常時不安を抱えて生きている。神経症の患者の不安感は、症状に関わることだけに限局しているが、限局化する能力の乏しいBPDの場合、いついかなる時も不安感にさらされることになる。この常につきまとう不安感は、他人からみたら一見とるに足らない理由でパニックを惹起することとなる。
患者にとって自己破壊的行為は、不安や混乱、葛藤などの不快な感情の迅速な解消手段となりうる。環境や自分の内で生じたストレスを、行動によって軽減させることを「コーピング(coping)」という。散歩をする、友達と食事に行くなどのような健全なコーピングは問題にならないが、不適切なコーピングが恒常的に現れた場合、患者はそれ自体に苦しむことになる。
また自己破壊的行為のほとんどは抑うつ状態で起こっていることが種々の調査で明らかになっている。パーソナリティの問題が改善するとうつ状態が良くなることがある一方、うつ病の治療をすることで衝動的行動が改善することもあるなど、互いに密接にかかわってい。うつ状態はほとんどの患者にみられ、マスターソンやベルジュレなど、抑うつを境界性パーソナリティの中心構造とみる研究者もいる。この「抑うつ感」は主に空虚感と無力感が中心である。
なお同じ境界性パーソナリティ障害でも、患者によって非常に違って見える。概ね抑うつ、衝動性、精神病症状のどれかが目立つとしている。また気分障害、他のパーソナリティ障害、器質性障害、非定型性精神病などの併存疾患もそれぞれの差となって現れる。
抑うつ症状
BPDの抑うつには特有の構造が見られ、それは見捨てられることに関連する特殊な感情反応に由来している。憤怒、空虚感、絶望、寄る辺のない不安、孤立無援感、抑うつ、自暴自棄の感情といったマーガレット・マーラーが「見捨てられに関連する黙示録の七人の騎士と呼んだ破壊的な感情である。BPDにはこれらの抑うつの嵐が次々と、あるいは一挙に襲ってくるという特殊な構造が見られ、「穴に吸い込まれる」「落ち込む」と表現される深い抑うつの波は伝統的なうつ病(内因性うつ病)の姿とは異なるものである。
ジョン・ボウルビィの研究によると、母に置き去りにされた子どもは周囲を探索し、いないとわかると淋しくなり、悲しくなり、不安になり、しくしくと泣き始める。それでも帰って来ないと恨みと怒りから大声で泣き出し、やがて泣き止むが、最後には孤立無援感、空虚感、寄る辺のない不安から遂には無気力状態に陥るという。BPDに共通する感情は、こうした見捨てられるということによって生じる感情体験そのものであり、これら言語成立以前に端を発する衝動が、過食、性的逸脱、リストカット、過剰服薬、アルコール依存などの行動化として表現される。
精神病症状
BPDの症状として、一過性の精神病症状がある。この精神病症状は強いストレス下においてより顕著になり、解離や非現実感、離人感]、パラノイアなどが出現したり、現実検討力が著しく低下する事態を生むこともある。
DSM-IVの境界性パーソナリティ障害の診断基準の中に「一過性の妄想様観念や解離症状」というものがある。日本でも治療の経過中に解離症状が出現した患者は全体の26%あったという報告があり、患者にしばしば解離症状が出現することが認められている。また自傷の行為中に解離を伴うことがある。
これらの精神病症状は全ての患者にあるわけではなく、統合失調症の症状のようなはっきりとした幻覚や妄想が起こることは少ない。主にストレスに関連しているとされ短期間で消失する。
自傷・自殺関連行動
自傷行為の多くは心理的苦しみを軽減するために行われるが、自傷行為が発展し実際に自殺を招くこともありイギリスではBPD患者の60-70%が人生のある時点で自殺を試みると推計されている。アメリカの調査では、BPD全体での自殺完遂率は9 - 10%と極めて高いものとなっており、東京都立松沢病院の調査では、入院していた患者の退院後2年以内の自殺企図率は、うつ病や統合失調症の人が35%なのに対し、BPDでは67%と約2倍高いという結果であった。
DSM-IV-TRでは、数ある診断名の中で自傷行為を取り扱っているものはBPDのみであるが、リストカットなどの自傷行為を行う者がすべてBPDというわけではない。自傷行為を伴いやすい他の精神疾患としては、うつ病や双極性障害などの気分障害、統合失調症、解離性障害、他のパーソナリティ障害、アルコールや薬物依存などの物質関連障害がある。
A.R.ファヴァッツらの調査では、自傷行為を行う者の中で、BPDの診断に該当した者は全体の半数にも満たなかったという。日本での報告としては、自殺関連行動で入院した患者の53.8%がBPDと診断されている(重複診断を含む)。なお一度でも自傷行為を行ったことがある患者については75%に達しており、パーソナリティ障害の中では最も自傷行為と関連性が深いとみられている
BPD患者の自殺企図の多くは大量服薬によるもの(78.3%)である。他の精神疾患の患者の自殺企図でも、大量服薬のケースは55.4%と比較的多いのだが、自殺企図の動機として、他の精神疾患の患者が「重篤な幻覚や妄想」「社会適応上の悩み」「人生の破綻による自暴自棄」などであったのに対し、BPDでは「近親者とのトラブル、裏切りによるうつ状態」「居場所が無く追い詰められた危機感」などの対人面での“見捨てられ感”から行われるという違いがある。
「理想化と脱価値化」も参照
BPD患者は、根底に他者と親密な関係を持つことへの葛藤を抱えており、そのために特有の対人様式が顕現しやすいとされる。その特有の対人様式は、対人関係を構築していく上で時に障害となることがある。
対人障害は主に二種類ある。他者を巻き込み混乱を呼ぶケース、対人恐怖・過敏性が強く、深い交流を避け回避的になるケースである。
BPDでは幼少時から分離不安のある者が多く、依存できる関係を求める傾向にある。しかし相手の悪い部分を認識することで混乱を起こしてしまう患者は、相手を過度に理想化する傾向にあるが、傷つきやすい自己愛を持ち他者の感情には敏感であるため、なにかの拍子に失望することが多い。その際に自分が混乱しないように、自身の中にある相手の評価を下げることで防衛する。このような心理メカニズムは正常な人でも日常で用いているものであるが、そのあり方が極端になると社会的機能の低下につながり、『障害』となる。
患者にとって依存は自覚がなく無意識的なものであるが、自身の混乱や葛藤により追い払ったり引き戻したりすることで、対人関係が激しく短期的なものになりやすい。周囲の人間はこれらの行動を 『操作的(manipulative)』と否定的に受け取ることもある。
依存や混乱の著しい患者は他者を巻き込みやすく、人との摩擦が生まれやすい。しかしBPDの対人様式にまつわる特有のパーソナリティ構造は、内的表層などのパーソナリティの深い部分にあるとされており、特有の対人様式が顕現するのは、ある程度関係が深まり、その人物が患者の深い層にある感情や願望に触れた場合である。よって、表面上は顕著な対人障害もなく社会機能が維持できている患者も多く、一見すると対人障害があるとは見受けられない場合がある。一方、対人恐怖・過敏性が強いケースでは、摩擦こそ生まれないが、他者との交流を避けることで社会的機能が低下する。
対人障害は、うつ病など他の精神疾患でもよくみられるものである。しかしBPDのこのような対人様式のあり方は、分裂や投影性同一視などの「防衛機制」の不適切な用いられ方と関与している。
周りの人間がこの症状に巻き込まれて、様々な被害を受けることが多く問題となっている。患者が健全な人との関わりを身につけること、そのトレーニングを行うことが今後の課題となっている。
防衛機制との関連
防衛機制とは、心の安定を図るために不快な体験を弱めたり避けたりしようとする心理機能であり、人が誰しも持つものである。不安が強くなるとこの防衛機制は強く働く。防衛機制自体は心の均衡を保つために必要な健全な機能であるが、この防衛機制によって不適応を起こしている場合は、本人の人生が阻害される。
精神分析では、これらの防衛機制がBPDの様々な症状を生み出すと考えている。中でも重要であり中心にある防衛機制は「分裂(splitting)」である。分裂は原始的防衛機制の中心的な存在であるが、同一の対象に肯定的、否定的な感情を同時に認識できないという分裂思考は、対人関係の障害だけでなく、自分に対しても自己同一性障害という形となって現れ、自己像の不安定さや、慢性的な虚無感、社会的機能の低下の原因となる。
カーンバーグは、パーソナリティ障害(全般)の人のよく用いる防衛機制として、分裂、投影、投影性同一視、否認、原始的理想化、万能感、脱価値化を挙げている。これらの防衛機制の極端な表れは、人生で起こりうるさまざまな問題に対する適応力の発達を妨げ、漠然とした不安感や抑うつ、衝動統制の困難さ、あるいは一過性の精神病症状をも招く